お知らせ2016年ドラフト指名選手の詳細をまとめました。Twitterでも更新情報などつぶやいています。是非フォローよろしくお願いします。

カープ初優勝メンバーや基本オーダー!タイトル・ベストナイン紹介!

[公開日]2015/10/19
[更新日]2015/10/27

広島カープが創設された1950年から初優勝の1975年まで25年もの歳月が必要でした。

記念すべき初優勝の軌跡やエピソード、選手の記録や基本オーダーなど紹介したいと思います。

1975年 基本オーダー
打順 守備 選手 打率 本塁 打点 盗塁
1 大下剛史 .270 3 19 44
2 三村敏之 .281 10 42 3
3 ホプキンス .256 33 91 1
4 山本浩二 .319 30 84 24
5 衣笠祥雄 .276 21 71 18
6 シェーン .281 13 56 1
7 水谷実雄 .285 13 37 5
8 水沼四郎 .208 1 19 11
9
1975年 主力投手
役割 選手 防率 セーブ
外木場義郎 2.95 20 13 0
佐伯和司 2.91 15 10 0
池谷公二郎 3.32 18 11 1
宮本幸信 1.71 10 2 10
渡辺弘基 1.85 3 3 1
金城基泰 2.67 1 0 4

開幕後の監督交代

1975年シーズンは監督交代という衝撃的な幕開けとなります。

1975年から監督に就任したのはジョー・ルーツで打撃コーチからの就任となり、アメリカ野球を積極的に取り入れていました。
開幕前から優勝へ向けて取り組んでいましたが、シーズン開幕から15試合で電撃退任となりカープはいきなり指揮官交代という事態に陥ってしまいます・・

退任のきっかけは日米の野球の違いで審判と度々衝突し、退場処分になったのが決定打となったようです。球団との連携も取れていなかったみたいなのでサポートが足りなかったのかもしれないですね。

その後、野崎泰一監督代行を経て古葉竹識が監督に就任することになりました。
守備コーチからの就任でしたが、ここから長く監督として指揮を取ることになります!

鯉のぼりの首位奪取

古葉監督にバトンタッチされカープの成績も上がっていきます。

5月から監督就任し鯉のぼりの時期と共にカープの順位も上昇!古葉の就任時は4位に位置していたカープですが5月には2位、6月には2位と0.5差で単独首位に立ちました。

5月の勝率は.600。6月の勝率は.571と圧倒的な勝率ではありませんでしたがセリーグ屈指の打線と投手力で赤ヘル旋風を巻き起こしました!

結局、前半戦の順位は3位となりますが首位から4位までゲーム差2.0の大混戦だったことを考えると健闘していると言えます。
夏場に失速するカープの負けグセを払拭した75年シーズン前半戦は『今年のカープは少し違う』と話題になったそうですが、優勝すると思っている人は少なかったそうです。カープファンは別ですが・・・

それ以上に巨人の最下位の方が話題性はあったみたいです。

球宴の赤ヘル旋風

赤ヘル旋風が起きたのはレギュラーシーズンでけではありません。

オールスターでの第1戦。

山本浩二と衣笠祥雄が共に1試合2本塁打のアベックホームランを達成したことにより一層の盛り上がりをみせました!

3番の山本浩二の1本目は初回でした。内角低めのストレートを振り抜きレフトスタンドへの2ラン。山本浩二自身オールスター初ホームランでした。
山本浩二に続き6番の衣笠祥雄もレフトスタンドに叩き込み赤ヘルアベックホームラン1回目達成

山本浩二2本目は2回に3ランを放ち、衣笠祥雄は3回にソロを放ち赤ヘルアベックホームラン2回目を達成しました。

結局オールスター1戦目は8-0でセリーグが勝利しましたが、山本と衣笠が7打点を挙げ、2番手の外木場も無失点ピッチングで勝利に貢献!
完全にカープ一色に染めました!

オールスターでの赤ヘル旋風に『優勝』の二文字が頭をよぎったファンも多かったでしょうね。

し烈な首位争い

レギュラーシーズン後半戦はし烈な首位争いが繰り広げられました。

カープは.600近い勝率を維持し2位以下を突き放しにかかりますが、なかなか差を広げることができません。

9月10日の中日戦ではカープ三村敏之選手がホームを狙った際に中日の捕手のタッチが顔面にあたり、ファンを巻き込む大乱闘に発展。
試合を落とすわけにはいかないカープでしたが結局敗戦し首位陥落・・
カープファンも初優勝へ向けて必死だったことは間違いないですが、試合終了後も中日の選手がベンチから出られないほど暴動化したことは翌日の試合を中止にせざるをえないほど球団を困惑させています。

しかし、9月14日に首位奪還すると優勝まで順位を落とすことはありませんでした。

10月10日にマジック3が点灯し初優勝へ士気が上がります。

11日と13日の試合に勝利しマジックは1となります。

カープが試合のない14日に中日が負けると優勝でしたが中日が意地を見せ勝利。優勝は持ち越しとなります。

10.15カープ初優勝

1975年10月15日。

マジック1で迎えた巨人戦。敵地に乗り込んだカープ選手を待っていたのは9千人ものカープファンでした。

勝つか引き分けで初優勝のカープ。先発は外木場でここまで19勝を挙げていました。
0-0で試合は進み先制は5回、リードオフマンとして盗塁王も獲得した大下剛史の2塁打から生まれています。

1-0で試合が進み外木場が満塁のピンチを乗り切るなど粘りの投球を続け、9回にはホプキンスの3ラン4-0と突き放しました!

9回には抑えの金城が3人で終わらせ初優勝達成

優勝決定後。胴上げの際は選手なのかファンなのか記者なのか分からないほど人が入乱れているのがとても印象的です。

当時の初優勝をテレビや現地で観た人はこの感動は越えることないそうです。
最後のレフトフライを水谷実雄がエラーしないよう祈った思い出を語っているファンもいるみたいですww

日本シリーズは1勝も出来ずに終わってしまいますが広島はお祭り騒ぎだったみたいですね!

1975年 最終順位
順位 チーム 勝率
1 広島 .605 72 47
2 中日 .566 69 53
3 阪神 .553 68 55
4 ヤクルト .471 57 64
5 大洋 .425 51 69
6 巨人 .382 47 76

選手の活躍

首位打者の山本浩二や盗塁王の大下剛史など活躍は目立っていましたが、75年シーズンのセ・ベストナインには5人も選ばれました。

  • 投 外木場義郎
  • 二 大下剛史
  • 三 衣笠祥雄
  • 遊 三村敏之
  • 外 山本浩二

タイトルを獲得した選手も多くいました。

  • MVP 山本浩二
  • 首位打者 山本浩二 .319
  • 沢村賞 外木場義郎
  • 最多勝利 外木場義郎 20勝
  • 最多奪三振 外木場義郎 193
  • 盗塁王 大下剛史 44

タイトルは獲得していませんが金城基泰の後半戦の活躍も優勝に大きく貢献しています。
前年に20勝を挙げ最多勝を獲得しましたが、75年シーズンは事故でケガし、後半戦から主に抑えとして出場していました。

渡辺弘基は左の中継ぎとして活躍。シーズン後半戦の防御率は0.55と驚異の活躍で優勝に貢献しています。

宮本幸信は抑えの切り札として活躍。シーズン序盤で審判の判定に納得いかず飛び蹴りしたのはもはや伝説!

タイトルを獲得していない選手の活躍も優勝に貢献しているのが分かりますね。

1975年 チーム成績
球団 本塁 打率 防率 得点 失点
広島 131
(3位)
.256
(2位)
2.96
(1位)
510
(2位)
421
(1位)

まとめ

監督解任。ミヤの飛び蹴り事件。赤ヘル旋風。大乱闘。

優勝もそうですが、話題性に欠かないシーズンだったことは間違いないですね。

日本一。

この称号も取っていれば完璧なシーズンだったに違いありませんが、後に成し遂げる日本一の感動は倍増していますね。

以上。優勝の軌跡第一弾でした。

 カープ優勝の軌跡
Sponsored link
Sponsored link
アンケート実施中

歴代助人ベスト9【先発】

投票の結果を表示する

Loading ... Loading ...

歴代ベスト9【一塁】

投票の結果を表示する

Loading ... Loading ...

カープクイズ(初級)

カープの歴史クイズ初級編です。
ファンなら余裕で全問正解できると思います。
ぜひ挑戦してみてください。(全10問)



宜しければシェアお願いします
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る
Sponsored link
Sponsored link

関連記事

  1. カープ歴代背番号18番
  2. 1991年V6優勝
  3. 歴代背番号2番
  4. 1980年カープ優勝
  5. カープ歴代4番打者
コメントをもらえると嬉しいです

【コメントの方法について】

コメントは管理人の認証が必要です。認証に時間がかかる場合があります・・ご了承ください。


  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。