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津田恒実の成績と記憶に残るプレー!背番号14の遺志を継ぐのは?

[公開日]2015/08/06
[更新日]2015/12/15

津田恒実の活躍

『炎のストッパー』津田恒実。

広島カープの背番号14と言えば津田恒実の事を指すと言ってもよいでしょう。

新人の時は先発でしたが、ストッパーとしての活躍が有名ですね。

150キロを超える直球で打者を圧倒する様子から『炎のストッパー』と呼ばれていました!
球種は縦横のカーブ、新人の頃はスライダーも投げていたらしいです。

しかし、投球のほとんどがストレートだったので変化球のイメージはないですね!

津田恒実のプロ野球人生

津田恒美 プロフィール
プロフィール
出身地 山口県都濃郡南陽町
生年月日 1960年8月1日
身長・体重 181cm・79kg
投打 右投右打
ポジション 投手(スリークォーター)
津田恒実 変化球
背番号 15番(1982‐1984)
14番(1985‐1991)
カープ入団 1981年ドラフト1位
出身高校 山口県立南陽工業高等学校
社会人 協和発酵
在籍球団 広島東洋カープ(1982‐1991)
主なタイトル・記録・表彰
  • 最優秀救援投手(1989年)
  • 新人王(1982年)
  • 野球殿堂入り(2012年)

山口県出身で山口県立南陽工業高等学校で1年生からエースとして活躍していました。
社会人野球を経て1981年に広島カープにドラフト1位で指名され入団。

1年目は先発で11勝を挙げて新人王のタイトルを獲得します。

その後、ケガの影響で登板数が減りますが1986年に抑えに転向しリーグ優勝に大きく貢献しています。
同年の投球の9割が直球で、ボールが浮き上がる錯覚を起こすような抜群の切れ味でした。

当時阪神で活躍していたバースに対して三球三振に仕留め、バース自身が『津田はクレイジー』と話しています。

対バース

病気との闘い

1990年シーズン後から頭痛が続き、91年シーズン途中で検査受け脳腫瘍と診断されます。
闘病生活が始まり、球団は準支配下登録としていましたが津田恒実本人の意思で退団届を提出し1991年の11月6日に正式に現役引退となります。

一次は回復し始めて現役復帰に向けてトレーニングを開始するほどでしたが、92年に再入院し翌93年の7月20日に亡くなりました。

現役10年で広島に残した記録も、ファンの脳裏に刻まれた記憶もはかり知れないものがあります。

また、チームメイトにも愛され91年に優勝した際には津田恒実のためにチームが一丸となりました!

チームとファンに愛された津田恒実は広島の歴史から忘れられることは永遠にないでしょう。

炎のストッパー

最後に

病気が判明したとき、関係者は津田本人に病名を隠していたそうです。
それは津田恒実の性格を考えての事だったらしいです。

その後病気と闘く決意をし、冗談ながら現役復帰をするのに広島は無理だから福岡ダイエーの入団テストを受けるよと話していたそうです。
いつも明るくひょうきんな性格を表すようなエピソードですね。

プロ通算生活10年間で49勝41敗90セーブの記録を残しています。

今後、津田恒実の遺志を継ぐ『炎のストッパー』が現れることに期待しましょう!

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